徐福が不老不死の薬を求めてはるばる渡ってきた、西帰浦に残る始皇帝伝説
その伝説が今も西帰浦に残っているという
今日はギュリが西帰浦にある特別な展示館をひとつご紹介したいと思います。名前は「徐福展示館」。初めて聞くと少し馴染みがないように感じるかもしれませんが、実はこの展示館、とても古い伝説――中国・秦の始皇帝の不老不死をめぐる物語とつながっているんです。西帰浦市七十里路にあるこの場所は、始皇帝の不老不死の願いをかなえるために不老不死の薬を求めて済州島まで渡ってきたと伝えられる人物「徐福」を記念して作られた展示館なのだそうです。伝説の中の話ではありますが、済州、特に西帰浦とは切っても切れない縁で結ばれているとのことなので、今日はその物語をギュリと一緒にゆっくりひも解いてみましょう。
始皇帝があれほど探し求めた不老不死の薬、その使いとしてやってきたという徐福
中国を初めて統一した秦の皇帝・始皇帝は、老いることなく長く生きる不老不死を夢見ていたと伝えられています。その夢をかなえるために不老不死の薬を探してくるよう命じたとされ、その命を受けたのが徐福だったといいます。徐福は不老不死の薬を求めて遠い海を渡り、ここ済州島までやってきたと伝えられていますが、今でこそ飛行機であっという間に行き来できる距離とはいえ、当時船でここまで来たという話を思い浮かべると、その旅路がどれほど遠く険しいものだったか想像がつきます。

不老不死の薬をひとつ手に入れるために、これほど遠い海を渡ってきたという伝説を聞くと、当時の人々がどれほど切実に長生きを願っていたのか、少し感じられる気がします。
— 🍊 ギュリ正房瀑布の岩壁に刻んだと伝えられる文字、そして西帰浦という地名
徐福は瀛州山でついに不老不死の薬を手に入れたと伝えられています。瀛州山は、漢拏山を指していたとされる古い呼び名のひとつとして知られています。不老不死の薬を手にした徐福は、西帰浦の沖にある正房瀑布へと向かったと伝えられています。そして、その岩壁に「徐福がここを通り過ぎた」という意味の文字を刻んだと伝えられており、この話が本当だとすれば、正房瀑布は伝説の徐福の痕跡が実際に残る場所ということになります。
文字を刻んだ徐福は、その後西――つまり中国の方角へと戻っていったと伝えられていますが、興味深いのは、ここから西帰浦という地名の由来をたどる話も一緒に伝わっている点です。「西へ帰っていった港」という意味から西帰浦という名前が生まれたという説が伝えられていますが、真偽をはっきり言い切るのは難しいものの、知ってみると西帰浦という地名がいっそう特別に感じられるといいます。


全国七大文化観光圏開発事業に指定され、開館に至るまで
徐福展示館は1999年2月27日、当時の文化観光部が推進した全国七大文化観光圏開発事業に指定されたことをきっかけに造成が始まったと伝えられています。そして数年の準備期間を経て、2003年9月26日に正式に開館したとされています。伝説の物語を実際の展示空間として作り上げるまで、かなりの時間と手間がかけられたということです。


GYULIのヒント · 徐福展示館の正確な入場料や営業時間については、確認できる資料があまり多くないため、ここで断定的にお伝えするのは少し難しいです。訪問前には電話や公式チャンネルで営業時間を一度確認されることをおすすめします。住所は西帰浦市七十里路156-8なので、ナビでそのまま検索すれば迷わず訪れることができるはずです。